2003年 はじめに
現時点では、秋頃にジャズドラマー山口新語をリーダーとする作品のレコーディングをすることが決定しているのみ。レコーディングの準備をはじめる夏頃まで、ぼくは山口さんと連絡を取り合うことぐらいしかすることがない。
しばらくは、ここに書くネタはあまりないと思うが、CD制作過程を随時レポートしていきたい。 |
2003年1月29日(水) デザイナー決定
サックス・レコードのサイトのデザインをお願いしている神代(こうじろ)氏に、SAX-3のジャケットデザインもお願いすることにした。神代氏はカメラマンでもあり、撮影からデザインまでトータルで依頼できるのは大きなメリットだ。またジャズファンであり、ジャズ作品のジャケットデザインに関する造詣が深いという点でも、とても心強い。 |
2003年2月20日(木) 藤沢インタープレイ
藤沢インタープレイ、 山口新語トリオのライブに行く。メンバーは、 山口新語(ds)、粟澤博幸(g)、
高梨道生(b)。各プレイヤーの音の良さと、粟澤さんのオリジナル曲の良さが印象に残った。
ぼくは、アンプを使ったベース音が嫌いだったが、このライブで 高梨さんの演奏を聴き、認識を改めた。アンプを使っても、ウッドベースらしい良い音は出せる。そして、アンプを使うからこそできる奏法もあることを知った。
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2003年5月21日(水) 藤沢ベック
藤沢ベック、山口新語さんが出演するライブに行く。
山口さんより、あやたんを紹介された。 山口さんのサイトの掲示板に頻繁に登場するあやたん。彼女の書き込みを見て、是非彼女にライナーノーツを依頼したいと考えていた矢先、偶然にも本人にお会いすることができた。
その場で、あやたんにライナーノーツを依頼したいとお話し、彼女の友人Masi(まーじ)と二人で引き受けてもらえることになった。 |
2003年6月18日(水) レコーディングメンバー決定
山口さんより、レコーディングメンバーは粟澤博幸(g)さん、高梨道生(b)さんとのギタートリオにするとの連絡があった。サックスは入れず、すべてトリオでいきたいとのこと。
当初の打ち合わせで、 サックスを入れることを条件として提示していたので、これについては実際に会って話し合う必要がある。 |
2003年7月31日(木) 荒木町ウィル
荒木町ウィル、山口新語トリオのライブに行く。
山口さんのドラムセットがいつもと違うものだった。店に備え付けのセットかと思ったら、セットを新調したらしい。ライブで使うのは、この日がはじめてとのこと。
オールドグレッチを処分してまで入手した、山口さんぞっこんの新ドラムセット。 深みのある重厚な響きが印象的だった。
レコーディングまで、あと3ヶ月のこの時期に楽器を変えて大丈夫なのだろうかと不安がよぎる。しかし、妥協せず最高の状態でレコーディングに臨もうとする前向きな姿勢がいい。
メンバーにサックスを入れるかどうかについて話し合った。山口さんは再検討してみるとのこと。 |
2003年8月11日(月) 公表
次回作SAX-3が、山口新語の初リーダー盤であることを、サックス・レコードのサイトで公表した。
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2003年8月14日(金) 立川ジェシージェイムス
立川駅北口でデザイナーの神代(こうじろ)氏と待ち合わせ、立川ジェシージェイムスでの山口新語トリオのライブに行った。 レコーディング・メンバーによるライブだ。
ライナーノーツを担当するMasi(まーじ)&あやたんも来ていた。
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| 山口新語トリオ |
| ファーストセットの1曲目が終わり、マイクを取り立ち上がった山口さんは、今日のメンバーでレコーディングを行い、リーダー盤を出すことを発表した。 |
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| 山口新語 (ds) |
粟澤博幸 (g) |
高梨道生 (b) |
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2003年8月18日(月) スタジオ見学
溝の口の某スタジオに見学に行った。レコーディングに使う候補のスタジオだ。スタジオは約60帖の広さ。ロビーなどの施設を含めた環境が、ミュージシャンが快適に制作活動に集中できることを十分に配慮していて素晴らしい。レコーディングに使うには申し分ないスタジオだった。
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2003年8月22日(金) 荒木町ウィル
荒木町ウィル、山口新語トリオのライブに行く。メンバーは、山口新語(ds)、塩川俊彦(g)、玉木勝(b)。
休憩時間に、山口さんと作品内容について話し合った。こちらは、サックスを入れることを要望していたが、山口さんの強い意向により、ギタートリオのみでサックスは入れないことに決定した。サックス・レーベルを名乗りながら、サックスを入れないのはマズいかとも思うが、山口さんの意思は固く、ぼくはそれを受け入れることにした。リーダーの意思を尊重するのがサックス・レーベルのポリシーだから。
山口さんは真剣にサックスを入れることも検討してくれた上で、ギタートリオのみでいく決断を下したのだ。安易にこちらの要望を受け入れない姿勢がいい。真剣に自分の作品に取り組んでいるからこそだ。
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| 山口新語トリオ |
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2003年9月4日(木) レコーディングの打ち合わせ
武蔵新田ひろしまお好み焼き「元」で、エンジニアの釘本氏、山口新語さん、それにぼくの3人でレコーディングについて打ち合わせ。
録音は、10月18日(土)・19(日)の2日間で、先日見学に行った溝の口の某スタジオで行うことに決定。 |
2003年9月13日(土) ジャケットデザインの打ち合わせ
原宿「藤屋楽坊」で、デザイナーの神代(こうじろ)氏、山口新語さん、それにぼくの3人でジャケットデザインについて打ち合わせ。
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| 山口さん(左)とぼく。奥はマスター。 |
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2003年9月20日(土) リハーサルの日程
レコーディングを行うスタジオで、10月9日(木)にリハーサルを行うことになりそう。スタジオの空きと、ミュージシャンのスケジュールの都合で、この日しか適当な日がないのだが、まだ正式決定ではない。
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2003年9月26日(金) リハーサル決定
レコーディングを行うスタジオから予約確認書が届き、10月9日(木)のリハーサルが正式決定。
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2003年9月27日(土) アルバム 仮タイトル
変更する可能性があるので、まだ公表しないがアルバムの仮タイトルを決めた。 デザイナーの神代(こうじろ)氏に、この仮タイトルに従ってジャケットデザインを進めてくれるよう依頼した。 |
2003年9月29日(月) レコーディングの打ち合わせ 2回目
エンジニアの釘本氏とぼくの二人でレコーディングについて打ち合わせ。マスタリング、プレスなどについても話した。SAX-3を年内にリリースするためには、レコーディングした後の作業を迅速に進めないといけない。そのため、今からレコーディング後の作業についてもスケジュールを考えておく必要がある。 |
2003年10月3日(金) リハーサルに行ける
仕事の都合で、 ぼくは、10月9日のリハーサルには終了間際にしか行けない可能性があったが、今日、開始時間から行ける見通しがたった。一安心。 |
2003年10月8日(水) エンジニア更迭
エンジニアの釘本氏が今日の夜になって、仕事を断ってきた。仕事を断るのは構わないが、リハーサルの前日になって突然連絡してくるとは非常識だ。
後任のエンジニアの目処は付いているので、今後の制作スケジュールへの影響はない。
明日は、いよいよリハーサルだ。 |
2003年10月9日(木) リハーサル
レコーディングを行うスタジオでリハーサル。 集合時間は13時で、ぼくは15分前に到着した。高梨(b)さんは既に楽器を運び込みスタンバイ状態だった。早い!
間もなく山口(ds)さん、粟澤(g)さんも到着。集合時間の10分前にはメンバー全員が揃った。
粟澤(g)さんは、3台のギターと2台のギターアンプを持ち込み、 高梨(b)さんは、弓弾き専用のベースを別に用意していた。サイドメンの二人も気合十分。ちなみに、これらの楽器だけで時価2千万円以上!??
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| 粟澤博幸 (g) 高梨道生
(b) |
楽器のセッティングなどの準備を30分程で終え、音出し。最初は立ち位置の検討。これは、すぐに決定。続いて、 粟澤(g)さんと高梨(b)さんが楽器とアンプを接続するシールドケーブルの比較を始めた。音にこだわる二人は、幾通りものセッティングを試し最良の組み合わせをさぐった。
そして、いよいよリハーサル開始。粟澤(g)さんのオリジナル曲がいい感じに仕上がっていて、本番への期待が高まる。
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| リハーサル中の山口新語トリオ |
数曲リハーサルした頃に、カメラマンの神代(こうじろ)氏が到着。すぐに照明のセッティングを行い、リハーサルの様子を撮影。
2時間程リハーサルを行った後、夕方頃に休憩をとり、メンバー全員と神代氏とぼくの5人で近所のファミリーレストランに行き食事。
食事から帰ると 、エンジニアの西本氏が到着していた。西本氏に数曲リハーサルを聴いてもらった後、ぼくは西本氏とロビーでレコーディングについての打ち合わせ。打ち合わせ後、西本氏はミュージシャンとスタジオ内の音響を検討。ベースの響きに問題があったが、吸音パネルなどを用い効果的な対策を見出した。
19時半過ぎにリハーサル終了。
そ の後、不要なものを片付けて、神代氏が山口さんを写真撮影。(下の写真は、ぼくの撮影)
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| 写真撮影中の山口新語 |
リハーサルは手応え十分。本番が楽しみだ。 |
2003年10月16日(木) あと2日
レコーディングまで、あと2日となった。先週のリーサルを終え、あとは体調を整えて本番のレコーディングに臨むのみ、の予定だったが、なかなかそうはいかない。今週に入ってから、ミュージシャン側からレコーディングのやり方について新たな要望があり、ぼくは、それについてエンジニアの西本氏の意見も聞き、どうすべきかを決定しなければならなかった。今夜、山口さんと電話で話し合い、要望を受け入れることに決定した。
技術的なことなので、どういう内容なのかの説明は省くが、これによって、ミュージシャンは、より思い切った演奏が出来ると言っているので、それを信じよう。
レコーディング費用はアップするが、いい作品に仕上げるためにも、演奏しやすい環境を用意することが大切だ。 |
2003年10月18日(土) レコーディング初日
ついに、この日がやってきた 。今日は、レコーディング本番だ。
ぼくは、11時頃にスタジオに到着。すぐにエンジニアの西本氏も到着し、アシスタントエンジニア、カメラマンの神代(こうじろ)氏、お招きした見学者なども続々と到着。ところが肝心のミュージシャンが、なかなか到着しない。集合時間の12時までに来たのは、山口さんのみ。
粟澤(g)さん、高梨(b)さんは、事故iによる渋滞の影響で、少々遅れて到着。集合時間を早めにしておいたので特に問題はない。 ミュージシャンはすぐに楽器のセッティング、並行してエンジニアがマイクセッティングを行う。そして、試し録りをはじめる前に、出前の弁当で昼食にする。
しばしの休憩の後、試し録り開始。ミュージシャンにプレイバックを聴いてもらい、バランスを確認する。 毎度のことなのだが、ベースがネックとなって、うまくバランスがとれない。これには少々てこずったが、エンジニアとミュージシャンがアイディアを出し合い、なんとか解決し、
いよいよ本番のレコーディング開始。
今日は、どちらかというと難しめの曲を4曲仕上げた。 もっとやることは可能だったが、明日に備えて早めに切り上げることにした。
ぼくは、帰宅後、回し放しで録っていたバックアップレコーダーのDATをチェック。このDATは、メインレコーダーのマスターに比べて音質は数段落ちるはずだが、それでも各楽器の音がしっかりと捕らえられていて安心した。これなら、マスターの音はかなり期待できる。 |
2003年10月19日(日) レコーディング2日目
今日の集合時間は13時。遅刻者なしで、定刻にレコーディングをスタート。昨日、やらなかった残り7曲を仕上げていく。粟澤(g)さんのギターアンプが不調になったり、マイクのトラブルでノイズが発生したりと、いくつかトラブルがあったが、ミュージシャン、エンジニアが迅速に対応してくれて、18時前にひととおり全曲を録音完了。
この時点で、 SAX-3に収録する候補となる全11曲の全貌が明らかとなったわけだが、致命的な欠落があった。ライブに於ける山口新語の魅力のひとつである華麗なドラムソロが、1つも無かったのだ。ライブならともかく、CDでドラムソロをやってもつまらない、というのは確かにあるけれど、山口新語ファンのひとりとして、CDにあのドラムソロが収録されていなかったら絶対に寂しい。
そこで、山口さんとサイドメンの二人に、ドラムソロをフィーチャーした曲を1つやってくれるようリクエストした。すぐに粟澤(g)さんが構成のアイディアを出してくれて、ブルースの
No Need To Be でやることになった。
30分程休憩して、既に録音済みの No Need To Be を再演。いい演奏だったが、ドラムソロがまだ不十分だった。山口さんの魅力がまだ発揮されてないことを指摘し、もう1テイクやってもらうことにした。そして、2テイク目で、何かがふっきれたように、山口新語本来の魅力がほとばしり出た。例えるなら、今までのところは、レコーディングを意識したよそ行きのドラミング、この2テイク目はライブでやってるような普段着のドラミングと言えるだろう。見学者から思わずイエェーイの声が出るほどの快演だった。
ここからが凄かった。 昨日録音した曲を録り直していったのだが、抜群のノリで、どの曲も1テイクでビシッと決まっていった。結局、昨日の録音から採用するテイクは無くなってしまった。
メインレコーダーの残り収録時間が8分になったところで、ミュージシャンに何か録り直したい曲があるか確認したところ、特に無かったため、ぼくのリクエストで山口さん一人による完全なドラムソロをやってもらうことにした。CDに収録するためではなく、自分が聴きたかったのだ。エンジニアの西本氏のアイディアで、スタジオ内の照明を落とし、薄明かりの中での演奏となった。
スタジオ内を写すモニター画面は真黒。そして、モニタースピーカーからは凄まじいドラムソロが噴出してきた。申し訳ないが、これは、その場にいた者のみが味わえる筆舌に尽くし難い快感。録音はしたが、このドラムソロはCDには収録しないつもり。
今回のセッションは、山口新語の感動的なドラムソロで幕を閉じた。
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記念撮影
おどける高梨(b)さんに、呆れる二人。 |
録音終了後、カメラマンの神代(こうじろ)氏による写真撮影。見学者や、なぜかスタジオ関係者まで写真を撮っていた。20時までに機材搬出をしなければならなかったが、少しオーバーしてしまった。近所迷惑にならないよう静かに楽器を搬出。ミュージシャンとぼくは近所のファミリーレストランで夕食を兼ねた打ち上げ。
多くのハプニングに見舞われたレコーディングだったが、期待以上の素晴らしい演奏を記録できた。これから、CD完成までにやらなければならない作業は、まだまだ有るが、これで少し落ち着ける。 |
2003年10月20日(月) 振込み
レコーディングが終わったら、なにはさておき、支払い。というわけで、今日は、銀行に行って、ミュージシャン3人のギャラと、スタジオの利用料金を振込んできた。 |
2003年10月22日(水) 試作ジャケット
デザイナーの神代(こうじろ)氏からジャケットデザインの試作がメールされてきた。まだ変更するので、公表しないでほしいとのことで、ここに紹介できないのが残念。
夜、山口さんから電話があり、今後の作業について打ち合わせした。来週、山口さんと採用テイクの検討をする予定。 |